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022 あおい荘の総意

last update Last Updated: 2025-06-05 17:00:31

「それって、誰からのお話しなんですか」

「生田さんの奥様。もう亡くなって随分経つけど、よくうちの診療所に来た時、お父さんに愚痴をこぼしてたみたいなの」

「そう……なんですね」

「だから奥様が亡くなった時も、ひと悶着あったみたい。長男さんは、生田さんが一人暮らしするのを心配してた。でも奥さんが頑として反対した。取ってつけたみたいに言い訳してたわ。お孫さんの受験が近いから、今同居して環境に変化を与えたくないとか言ってね」

「そんな……生田さん、あんなに優しい人なのに……それに環境の変化って言っても、あんな静かな人と同居しても、何も変わらないと思います」

「私も同意見ね。大体その時、お孫さんはまだ中学1年だったのよ? 何が受験よって思ったわ」

「それでも生田さんは、怒る訳でもなかった。元々何でもこなせる人だったからね、一人暮らしを始めた。それから何年ぐらい経ったのかな」

「4年よ」

「ありがとうつぐみ。4年経った今年、このあおい荘が完成した。最初はじいちゃんばあちゃん二人だけでオープンして、少しずつ募集しようと思ってた。でもどうしても気になってね、生田さんにも声をかけたんだ。『ここで一緒に住みませんか』って」

「大変だったんだから。何しろあの頑固さでしょ? 私たちがいくら言っても聞いてくれなくて。でも、お父さんと直希のおじいさんたちの説得でやっと応じてくれたの」

「そうだったんですか」

「いくらお元気でも、少しずつADL……はいあおい、ADLって何だった?」

「は、はいです、その……日常生活動作です!」

「正解。そのADLも、少しずつ落ちてきている。あおいは気づいてないと思うけど、水分を摂った時、たまに咳き込んでる」

「そう言えばそうです、そんな時がありましたです」

「あれは誤嚥って言うの。水分が間違って、気管の方に入っていくの」

「私もたまにありますです!」

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  • あおい荘にようこそ   023 あおいの願い

     直希と生田は、灰皿を挟んで立っていた。 煙草を差し出すと、生田はそれを受け取り、火をつけた。「……」 二人共、白い息を吐きながら、言葉を交わすこともなく池を眺めている。「直希さんも生田さんも……何も話さないですね……」「そんなことないわよ。菜乃花、あの二人は」「お話ししてますです」「え……」 つぐみが見上げると、あおいは真剣な眼差しで二人を見つめていた。「あおいさん、それってどういう」「直希さんも生田さんも、池を見てるだけじゃないです。煙草を吸ってるだけじゃないです。お二人は今、お話ししてますです」「あおい、あなた分かるの?」「分かりますです。つぐみさんも分かりますですか」「え、ええ……そうなんだけど……」 あおいの確信に満ちた言葉に、つぐみが驚いた。 こういった光景は、これまで何度も目にしてきた。つぐみの父と直希であったり、直希と直希の祖父母だったり。それはつぐみにとって付き合いの長い人たちで、つぐみが信頼を寄せる人に限られていた。 なのにあおいは、まだ出会って一か月足らずの二人の間に、深い信頼を感じている。笑顔と一生懸命さが魅力のあおい。しかしどこか抜けていて、いつも失敗ばかりしているあおいとは思えないその洞察力に、つぐみは動揺した。 ――あおいのその信頼は、直希にどこまで向いているのだろうか。「じゃあ……すまなかったね」 生田が煙草を揉み消し、直希の肩を叩いた。「生田さん……本当にいいんですか」「……ああ」 そう言うと生田は小さく笑い、直希に背を向けた。 その時だった。

  • あおい荘にようこそ   022 あおい荘の総意

    「それって、誰からのお話しなんですか」「生田さんの奥様。もう亡くなって随分経つけど、よくうちの診療所に来た時、お父さんに愚痴をこぼしてたみたいなの」「そう……なんですね」「だから奥様が亡くなった時も、ひと悶着あったみたい。長男さんは、生田さんが一人暮らしするのを心配してた。でも奥さんが頑として反対した。取ってつけたみたいに言い訳してたわ。お孫さんの受験が近いから、今同居して環境に変化を与えたくないとか言ってね」「そんな……生田さん、あんなに優しい人なのに……それに環境の変化って言っても、あんな静かな人と同居しても、何も変わらないと思います」「私も同意見ね。大体その時、お孫さんはまだ中学1年だったのよ? 何が受験よって思ったわ」「それでも生田さんは、怒る訳でもなかった。元々何でもこなせる人だったからね、一人暮らしを始めた。それから何年ぐらい経ったのかな」「4年よ」「ありがとうつぐみ。4年経った今年、このあおい荘が完成した。最初はじいちゃんばあちゃん二人だけでオープンして、少しずつ募集しようと思ってた。でもどうしても気になってね、生田さんにも声をかけたんだ。『ここで一緒に住みませんか』って」「大変だったんだから。何しろあの頑固さでしょ? 私たちがいくら言っても聞いてくれなくて。でも、お父さんと直希のおじいさんたちの説得でやっと応じてくれたの」「そうだったんですか」「いくらお元気でも、少しずつADL……はいあおい、ADLって何だった?」「は、はいです、その……日常生活動作です!」「正解。そのADLも、少しずつ落ちてきている。あおいは気づいてないと思うけど、水分を摂った時、たまに咳き込んでる」「そう言えばそうです、そんな時がありましたです」「あれは誤嚥って言うの。水分が間違って、気管の方に入っていくの」「私もたまにありますです!」「&h

  • あおい荘にようこそ   021 スタッフ会議

    「お邪魔しますです」「……ああ」 あおいが掃除機を持って、生田の部屋に入ってきた。「生田さん、あと三日ですが、その……頑張りますので、よろしくお願いしますです!」 あおいがそう言って、大袈裟に頭を下げた。生田は呆気にとられた顔をしたが、やがて苦笑した。「すまないね、変な気を使わせてしまって」「いえいえ、とんでもないです。私、まだここにきて一か月ですが、生田さんにもいっぱいお世話になりましたです。ですからあと三日、しっかりお世話させていただきますです」「本当に……不思議な人だね」「私ですか?」「ああ。こんな偏屈な年寄り相手に、いつも全力でぶつかってくる。ありがたいことだ」「そんなそんな。私、いつも姉様に怒られてましたです。もう少し周りを見て、考えて動きなさいって」「風見くんの行動には、相手に対する思いやりがある。それも、憐れんだり見下したりしない、本当の優しさだ。そしてそれは、私のような者に対しても変わらない。本当に不思議な人だ」「……恥ずかしいです」「そう……なのかね」「はいです。私、いつもこんな感じですので、失敗ばかりしてきました。いっぱい迷惑をかけてきましたです。姉様や兄様は、あんなに立派な人なのに……本当は私、一人で生きていけない子供なんです。なのに私、家が嫌で出ていって…… そんな私を、直希さんが助けてくれました。そしてこんな素晴らしい場所を、私に与えてくれました。ここは本当に楽しいところです。毎日が優しさに満ちていて、私が知らなかった幸せがたくさんありますです。だから私、みなさんにお返しがしたいんです」「そう思えるだけでも、君は人として素晴らしいと思うよ」「そんなそんなです。私、失敗しかしてないです。お掃除だって、何度も生田さんの奥様のお写真、倒してしまって」

  • あおい荘にようこそ   020 去りゆく者

     次の日。 昨日までの天気が嘘の様に、雨が降っていた。 雨の日は朝食後、食堂でラジオ体操をすることになっていた。 子供の頃は、こののんびりとした体操に何の意味があるのか、よく分からなかった。しかし年を重ねていくにつれ、いかに日頃使う筋肉が限られているのかを知った。 ラジオ体操はある意味、全身のストレッチを網羅した素晴らしい運動方法と言えた。 学生時代にそのことを学んだ直希は、あおい荘のオープン当初から、休むことなくこれを続けていた。 車椅子の小山も、出来る範囲でゆっくりと体をほぐしていく。その後直希や菜乃花が手伝って、足のストレッチを軽めに行う。 小山は、以前腕を骨折し、長期間病院で寝たきり状態になっていた。それが原因で筋肉が衰えてしまい、自分の足で体を支えることが難しくなり、車椅子を利用するようになっていた。 あおい荘に来た頃は、車椅子も自分で動かせなくなっていた。 直希は小山と対話を続け、毎日二回、朝食後と昼食後に廊下を歩くリハビリを勧めた。 リハビリのかいあって、今では介助があれば、自分の足で立てるまでに回復していた。 この場所を人生の終着点として、ただただ楽しく穏やかに過ごしてもらう。そういう考えに直希は賛同出来なかった。 日々の生活の中で目標を定め、それに向かって努力を続けてほしい、そう思っていた。 その為に流す汗も涙も、人生に大切なものであり、それがあるからこそ、人は充足感を感じることが出来る。そう信じていたからだ。 * * * 体操が終わり、菜乃花がリハビリを始めようとした時、直希が口を開いた。「ごめんね菜乃花ちゃん、ちょっとだけ時間、もらえるかな。みなさんもすいません、部屋に戻る前にお伝えしたいことがありますので、聞いていただけますか」「どうしたんだいナオちゃん、何かあったのかい?」「うん、ばあちゃん。ちょっとね」「直希さん直希さん、私また、失敗しましたですか」「あおいちゃんのことじゃないよ。安心して」

  • あおい荘にようこそ   019 寡黙な男・生田さん

    「東海林医院で働き始めた頃。お前は張り切って、いつも夜遅くまで患者さんのカルテに目を通してた。 患者さんって言ってもこんな小さい街だから、ほとんど顔見知りだ。お前、いつの間にかこの街のみんなの健康状態、把握してたもんな」「……私はこの街も、この街に住むみんなのことも好き。だから私は、私が出来る精一杯のことをしようと思ってた」「おかげでお前は睡眠不足が続き、注意力も散漫になった。そんなある日、お前は岡田さんの薬の処方を間違えてしまった」「……」「お前を知ってる俺からしたら、ありえないミスだった。低血圧の岡田さんに降圧剤を処方したんだからな」「……処方箋をチェックしてて、頭が真っ白になったわ。処方箋から目が離せなくなって、その場から動けなくなった。 そんなことしてる場合じゃない、すぐ連絡しないと大変なことになる。そう思ってるのに、何も出来なかった。 父さんがそんな私に気づいて処方箋を見て、慌てて連絡してくれた。岡田さん、もう既に夜の分を服用してたけど、特に異常はないみたいだった。車で岡田さんの家に行って、お父さんが処置してくれたから大事に至らなかったけど……私は謝ることしか出来なかった」「……」「間違いは誰にでもある。ミスをするのが人間、それは分かってる。でもね、私たちの仕事は、小さなミスが取り返しのつかないことにだってなるの。人の生死に関わることなんだから。 あおいにそんな思いをさせたくないの。だから……だから、私……」 そう言って膝に顔を埋め、肩を震わせた。 そんなつぐみの肩を抱き、直希は囁いた。「分かってる。分かってるよ、つぐみ」 * * * 夜。 食堂で、直希はいつもの様に入居者たちの健康ノートに目を通していた。 このノートには、入居者たちの年齢

  • あおい荘にようこそ   018 小さなミス

    「だーかーらー! あおいってば、何度言ったら分かるのよ」「うう~、ごめんなさいです……」 食堂のカウンターで、今日もあおいはつぐみに説教されている。「小山さんは嚥下の能力が落ちている。だから小山さんに出す食事は、小さく刻む」「はいです……」「でもね、出す前にそれをやってしまったら、何を食べてるのか分からなくなるでしょ。見てみなさいよこの料理。細かく刻み過ぎて、何の料理だか分からなくなってるじゃない」「どうしたどうした、何かあったのか」 つぐみの剣幕に、風呂の準備を終えた直希が慌てて食堂に戻ってきた。「あおいちゃん、どうしたのかな」「……直希さん、ごめんなさいです」「つぐみ、何の失敗か知らないけど、あおいちゃんはまだ仕事の要領つかめてないんだから。あんまり怒ってやるなよ」「直希は甘すぎるのよ。こんなんじゃヘルパーの資格、取れないわよ」「だから今、講習に行って勉強してるんじゃないか。あおいちゃん、心配しなくていいからね。初任者研修は、講習を真面目に受けてたらちゃんと取れるから」「そういう問題じゃないでしょ。そんな気持ちじゃ、一人前のヘルパーになんてなれないんだから」「あおいちゃんは講習を受けながら、こうして実戦でも鍛えてるんだ。何より気持ちがある。入居者さんに対する思いがある。だから大丈夫、あおいちゃんはきっと、立派なヘルパーになれるよ」 直希の言葉に、つぐみが苛立ちテーブルを叩いた。「それじゃ駄目なのよ!」「……つぐみさん?」「……ごめんなさい。直希、後はまかせてもいいかしら」「おう。ちょっと休んでこい」「お願いするわ」 そう言うと、つぐみはエプロンを外して庭に向かった。「つぐみさん……あんなに怒らせてしまったです」

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